02 INENTITY BUTY MANEGMENT BOOK

なぜつくるのか。
P.G.C.D.の石鹸は物語る。

P.G.C.D. JAPAN代表の野田泰平が、
ブランドのルーツを旅する『Beauty Management Book』。
P.G.C.D.JAPANを形作った
“場所”“瞬間”“出会い”をめぐる旅の記録です。
その第2号のテーマは「石鹸」。
P.G.C.D.ブランドのスタートが“世界一の石鹸づくり”だったことが象徴するように、
私たちのアイデンティティといえるほど
この石鹸一つにたくさんの思いが凝縮されています。
125gの石鹸に込められた、情熱、手間暇、物語。
素材、大きさ、カタチへのこだわりを通して、
P.G.C.D.の思いを感じていただければと思います。

Aoyama

Aoyama

スキンケアの本質と
愛着にこたえる品質のために、
世界一の石鹸を求めて。

未だ『P.G.C.D.』という名前すらなかった1999年、私たちがスタートする際にその拠点として選んだのが、青山でした。東京五輪をきっかけに注目されるようになり、急速に“ファッションの街”へと変貌を遂げていった青山。その時代を象徴する建物の一つが、1975年に誕生したFROM 1STビルでした。複合商業施設の先駆けとも言うべきこのビルの存在は南青山という街の起爆剤となり、時代を先導するブランドのショップが次々にこの地に出店していきました。一方、界隈には根津美術館を筆頭に、岡本太郎記念館、骨董店、ギャラリーなどが建ち並び、大人の街としての落ち着きも兼ね備えていました。「流行」という枠には留まらない、新しい価値を未来に残し、時代に残る価値ある「文化」を創造する街。この青山こそ、不変の価値を発信していく地に相応しい、そんな思いからこの地で“世界一の石鹸”づくりに着手したのです。

恵比寿にオフィスを移した現在もP.G.C.D.の本社は、設立当初の志と共に青山に残しています。通称MIFと呼ばれているその場所では、フランスから届いた石鹸を一つ一つ検品し、巻段を巻いて皆様の元へ送り出しています。ロルコス社のあるフランス・ルナビルから届いた年の年号と“Depuis la Lunéville”(ルナビルより)という刻印と共に。これは、石鹸のための素材を作ってくれている生産者の皆さん、ルナビルの石鹸職人の仲間たちと、お客様とを結ぶ、信頼の証。だからこそ機械に任せることなく、人の手で刻印し、巻段を巻いてお届けしているのです。

Lorrain

Lorrain

P.G.C.D.= ソープ。
そういえるほど、一つの石鹸に
沢山の思いが凝縮されている。

『ヨーロッパのパン籠』と言われ、EU第1位の農業国フランスは、一方で農業を大切にするという意識が国全体に浸透しています。それを象徴するのが『テロワール(Terroir)』。
ワイン好きの方なら馴染みの深い言葉かもしれません。もともとはワイン、珈琲、お茶などに使われていましたが、時を経るうちに農作物、チーズ、肉、海産物にまで広がり、食材などを語る時にも使われるようになったようです。最初は、土壌、地形などの土地の特徴を示していたようですが、そのうちに気候やそこに携わる人間の技術的要素も含まれていきました。ちなみに、EUの周辺諸国では『テロワール』の概念を表す言葉はありません。それほどフランスは、農作物に対して、土地に対して、そしてそれをつくり出す農業を大切にするこだわりが強いのではないでしょうか。フランスという国だからこそ、ナチュラルな素材やオーガニックに対して、厳しい基準を設けているのかもしれません。

そんなフランスからその年最初に届いた石鹸を、私たちは“サボン ヌーヴォー”と呼んでいます。それは、すべての自然の恵みと生産者への感謝の証。P.G.C.D.の石鹸一つ一つに大地で育まれた原料が凝縮されていて、一つ一つに生産者がいる。そしてそれを形にしてくれる石鹸職人たちがいる。それらすべての人の思いが、私たちの石鹸には閉じ込められています。

フランス“月の村”での出会いが、
理想への第一歩だった。

月の村。私たちの石鹸をつくってくれているロルコス社のラボは、フランス東部のルナビルと名付けられた小さな村にあります。パリから車で5時間。いつもそこで私たちを出迎えてくれるのはムッシュ・ベッチャー。社内で石鹸ソムリエと呼ばれ、名だたるブランドや三つ星ホテルの石鹸が彼の手によって生み出されてきました。彼がいなければP.G.C.D.の石鹸は生まれなかったかもしれません。8世紀に生まれ、千年以上もその姿を保ち続けてきた石鹸。シンプルでベーシックだからこそ、“世界一”のレベルに引き上げるには困難を極めました。彼との出会いから2年。試作・試用を繰り返し、P.G.C.D.の朝と夜の2つの石鹸が誕生したのです。その後も、私たちとロルコス社の試行錯誤は続いています。石鹸の成分となる自然の恵みは工業製品ではありません。その年その年で微妙に出来具合が違うため、その変化に合わせた調整が必要になります。何よりその年のベストな石鹸をお届けするために、常に改良を重ねているのです。これからも、私たちが思い描く“理想”は毎年更新され、私たちが思い描く“世界一の石鹸”も更新され続けていきます。

日本とフランスの合作が生んだ、
「信頼」という品質。

フランスでは、日本のようにピカピカの自動車を見かけることは稀ではないでしょうか。街中に縦列駐車をする際には、前後の自動車にバンパーをぶつけて無理矢理駐車する光景すら見かけることもあります。そんな価値観を持つ彼らにとって、石鹸の表面の傷は「一度使えば消える」些細なこと。日本的な価値観を理解してもらうためには長い時間が必要でした。一方フランス人が、表面的な品質よりもナチュラルなものを重視する姿は、日本以上のものがありました。その中で通常の倍以上の成分を石鹸に凝縮するという、複雑な配合に取り組んだのです。共通するのは、いかにお客様に「信頼」を届けるのか。私たちとロルコス社がお互いを高め合い、理解して築き上げてきた信頼は、お客様にも信頼に足る品質を生み出したと思っています。P.G.C.D.の石鹸は、日仏合作だから為し得た「信頼」という品質の結晶なのです。

Kyoto

Kyoto

「人生は手放した分だけ豊かになる」
“素”の中に本当の美しさがある。

私は、年に幾度も京都を訪れます。そこまでこの街に惹かれる理由の一つは、数寄屋建築の街並みかもしれません。室町から安土桃山時代にかけて誕生した数寄屋造りは、格式ばった意匠や豪華な装飾が隆盛を極める中、華美や装飾を極力排して“客をもてなす”という茶人の心を反映させていきました。無駄なものを削ぎ落とし、質素ながら洗練された美しさをもっている。まさに現代の「断捨離」などに通じる、日本が培ってきたとても素敵な考え方だと思います。

シンプルとイージーは違います。簡潔と簡単は違います。吟味し、余計なものを省き、ほんとうに必要なものだけを磨き上げていく。それは私たちがつくる石鹸と通じるものがあります。選りすぐられた成分だけが凝縮されている。余分な容器すら必要としない。そして使い切ったときには「0」になる。でもひとたび水に浸して泡立てれば、眠っていた成分が花開く。そこには潔いほど無駄がありません。そしてそれこそが、何世紀にも渡って人々に重用されてきた理由だと思います。
数寄屋造りが時代を重ねても人を惹きつけるのは、風化されない美しさを備えているからです。時を経ても色あせない京都の街並みのように、私たちも“年齢が美しさの一部になる”ような、商品と習慣を届け続けていきたいと思うのです。

より少ないことは、より豊かなこと。
減らすことは、磨き上げること。

究極のシンプルは「0」ではありません。
全てを捨て去ることではありません。無駄なものを生まないことが理想なのです。無駄を生まないためには、ほんとうに必要なものを使い続けること。そのために必要なのは“愛着”だと考えます。愛され続けてもらえるために、日々心に寄り添ってもらえるように、磨き上げていく。磨き上げられたものには、時間や年月に負けない強さがあります。“洗い、練る”と書いて【洗練】。私たちの石鹸に愛着をもっていただき、洗顔を続けることで、洗練された美しさが叶うなら、これほど嬉しいことはありません。

ソープが減るほどに
愛着が深まっていく。

「女性の手には大きすぎる」。P.G.C.D.の石鹸を発売する前からそういう声はありました。それでもあえてこのサイズ、この形で発売に踏み切ったのには、私たちの強い思いがあったからです。最初は大きすぎた物が、使い込むほどにちょうどいい大きさに馴染んでいく。馴染んでいくほどに、美しくなっていく。美しくなるほどに、愛着が深まっていく。愛着が深まるから習慣になっていく。でも退屈な習慣は決して長続きしません。香りを楽しむ。泡を楽しむ。そして洗顔を楽しむ。使うほどに、慣れるほどに、毎日が楽しくなる。私たちは石鹸という一つの形を通して、一日の始まりと終わりが心弾むような、習慣を届けられたらと願っています。